
皆さんこんにちは!自宅教室サロンのインテリアコーディネートをしている奈良坂りえです。
自宅教室サロンのインテリアコーディネートを始めた理由
について、今日はお話しますね。
家庭環境
私はもともと熊本生まれの3人兄弟の末っ子で、姉や兄がいたので親に何か聞かれても
姉が先に答えていたので、私はしゃべらなくても済んでいました。
テレビを見る時間も1日に1時間だけと決まっていたので、
兄弟で見る番組を1つ決めて壁に貼っていた、そんなちょっと厳しめの家庭でしたが、
いまでは愛情だったのだなと感じています。
夕方6時には、父も含めて全員で夕食をいただき、夜8~9時には寝る生活リズムでした。
習い事は特にせず、クラブ活動のバトミントンくらいでしたので、
団地で育った私は、外で遊ぶか、お友達の家に行って遊ぶのが殆どでした。
お友達の家は同じ団地内なので、箱は一緒ですが、住んでる人によって
部屋に個性や雰囲気があり、それを感じられるのが特に好きで面白かったのです。
私の家族は、公務員の父とピアノを自宅で教える母、姉、兄、私、犬
家に帰るといつも母がいてくれて、ピアノを教えている時も母の声やピアノの音が聞こえる
そんな温かい安心感のある家庭で育ちました。
私の部屋
小学4年生までは団地で個室などなく、1軒家に引っ越ししてからは、姉と同じ寝室でしたので
納戸の3畳部屋を私の勉強部屋として与えられ、やっと自分だけの空間を手に入れられ
好きな物だけを集めて、唯一自分の世界に没頭できる空間を手に入れたのです。
小さいながらも、私のお城を持ったという事ですね!
常に周囲に兄弟がいて、喧嘩したり雑音がはいってくる環境から離れ、
ラジオを聞いたりしながら、空想の世界や自分だけの世界にいるのが好きだったので
自然とnonnoの「私の部屋」という題の本を買ったりして、インテリアの世界に引き込まれていったのだと思います。
インテリアを目指した経緯
ものづくりが好き
しゃべるよりも、物作りで自分を表現することが得意な私は、
美術や絵を描くことが得意でした。クラブ活動も手芸クラブで色んな物を
作って楽しんでいました。
モデルハウスや友達の家が好き
親が家を建てるとなった時に、住宅展示場を見に行きとても楽しかったのを覚えています、
展示場の世界観とそこに流れる素敵な時間を感じられ、幸せな生活を想像させられました。
母の友達のピアノの先生の家に遊びに行った時に、緑あふれる
リビングに魅了され素敵だなぁ~と思った経験をしたことも
大きいと思います。
決定打は兄から、インテリアの本を食い入るように見ていた私に
「お前ひょっとして、インテリアコーディネーター目指してるの?」
と聞かれた事でハッとしたのを覚えています。
「そんな職業があるんだ~!」と閃いた感じがしたのを覚えています。
美大受験

そんな中で高校に入ってすぐに、進路を決めるように先生から言われ、
私は物づくりがしたいと主張し、美大受験をめざすことになりました。
進学校だったので、朝課外、夕課外とありましたが、全く勉強に興味のなかった私は、
夕課外は出ずに高校の授業の後、美大受験の学校へ通い、1浪して美大のデザイン科に進学しました。
美大では、デザインの基礎、プロダクト、グラフィック、インテリアを学び3年からは
インテリアコースに行きました。
デザインの基礎をしっかり学べたので、今思えばそこがあとから役に立ったと思います。
学生時代は、バイト仲間と画廊を借りて、絵と映像のインスタレーション展を開いたり
文化祭では教室全体にテーマに沿った空間づくりをし、とにかく表現する事が好きでした。
言葉よりも視覚で表現することが得意だったのです。
住宅会社での就職
神奈川の美大に通っていた私は、就職難の中、友人が次々に就職が決まる中、なかなか就職が決まらず、実家のある熊本へ
Uターン就職する事になりました。建築法規など全く勉強していなかった私が、地場の住宅会社で建築確認申請の仕事に従事しましたが、苦痛の連続でした。
その後退職しフリーターをしながらインテリアコーディネーターの資格と、リベンジで2級建築士の資格をとりました。
そして別の住宅会社へ再就職し、インテリアコーディネーターとして働き始めました。
失敗からの学び

初めてモデルハウスを担当した時、造作棚にワインボトルを逆さまに飾り、ダウンライトを埋め込み
スポットライトをあて、造作した楕円のテーブルもばっちりなモデルハウスだったはずなのに、
広告チラシに映ったモデルハウスの写真を見た社長に呼び出され怒鳴られたんです。
土曜日の朝であと10分でお客様との打ち合わせという時に、トイレで泣きながらも
真っ赤な目をどうやって気づかれないようにしようかとばかり考えていました。
社長曰く、クッションの色や素材がいけなかったというのです。
「え~っ!!」そこ?と思いながらも、後になって気づいたんです。
確かにモデルハウスとして少し高級に見せ印象を良くするために
クッションに光沢感のある素材と色を選んだのですが、それが
ターゲットに合わなかったという事だったんですね。
社長のイメージでは、熊本のファミリー層向けのちょっと高級な雰囲気を目指していたのに
いきなり、港区のタワマンのような雰囲気になっていたので、それが違ったという事だったのです。
物づくりは、まずターゲットを明確にし、コンセプトを決め、そこに向かってデザインをする。
美大で教わったはずの大事な部分が抜け落ちていたんですね。
それからは、神は細部に宿るという言葉をいつも胸に刻みながらお仕事をすすめるようにしています。
そこから休みの日や業務中に、他社のモデルハウスを見てまわり、見せ方の研究をし、
次のモデルハウスでは、カタログ写真撮影にも同行し、ディスプレイにまで気を配り
細部まで気を抜かないように努めました。
余談ですが、モデルハウスオープン祝いに関係業者さんが鉢植えを送られることがありますが、
あれはお気持ちはありがたいのですが、おやめ頂きたいと思うのです。
お祝いのリボンとかメッセージ、さらにはラッピング等してあり、世界観がくずれてしまうのです。
「もうほんとにやめて~」という感じです。
さらにもっと言うと、勝手に現場監督さんがアレンジしてタイルを貼っていたり、
ガーデニングの植栽について勝手に打ち合わせを進め、世界観に合わない植物を置いてあったりしたこともありました。
そんな色んな事がありながらも最後まで気を抜かなかった結果、
社長賞をいただき、更に同じものを別の展示場でも建てる事になりました。
というわけで、私は誰の為にどんな空間をつくるということと、
更に広告写真やSNSでの第一印象の良いインテリアづくりが得意になりました。
フリーランスインテリアコーディネーター
そんな中、結婚引っ越しをし、また神奈川へ戻ってきました。人脈も途切れ途切れの人生、つらいのを見ないようにして割り切っていました。
出産後、娘が小学2年時から子供との時間を優先した働き方を目指して、
フリーランスインテリアコーディネーターとしてスタートしました。
ですが、サービススキルを学んだだけではお仕事に繋がらないと思い、マーケティングやセールスについても学び、
現在はWebスタイリスト®としても活動しています。
やっていくうちに、私と同じようなお子様との時間を優先した働き方をされている、
自宅教室やサロンで起業するママに向けたインテリアコーディネーターとしてお仕事をするようになったのです。
インテリアコーディネートをすることで、自宅教室やサロンを生活感のないスッキリした空間にし、更にお客様を増やしたい!
というママ起業家様へ、インテリア×Web集客を整え、理想のお客様を引き寄せるお手伝いをしています。
ここまで私の体験談をお読みいただきありがとうございます!
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